本音の本 ― わたしの感情を、そのまま残すという選択

番外編

目次

  • 【はじめに|本音を残すという決意】
  • 【カンジョー箱とは何か】
  • 【原詩と加工詩のあいだ】
  • 【わたしの四刀流の生活】
  • 【もったいない、という違和感】
  • 【発想の街を歩く】
  • 【生きた証としての言葉】
  • 【終わりに|わたし専用の本音】

【はじめに|本音を残すという決意】

この文章は、誰かに理解されるために書いているわけではない。
評価されるためでも、正解を示すためでもない。

わたしが、わたしの感情を、そのまま残すために書いている。

その結果として、誰かが共鳴することがあるなら、それは副産物だ。
本音は、最初から商品でもコンテンツでもない。
生きていたという事実の、記録だ。


【カンジョー箱とは何か】

カンジョー箱は、感情を加工する前に置いておく箱だ。

整えない。
まとめない。
意味づけもしない。

疲れた、だるい、ワクワクする、もったいない、怖い。
そういう感情を、判断せずに入れる。

きれいな言葉にしないからこそ、あとで振り返したときに、
その日の温度や匂いまで思い出せる。

これは日記ではない。
反省文でもない。
感情の原石置き場だ。


【原詩と加工詩のあいだ】

原詩は、生の感情だ。

言葉が荒れていてもいい。
意味が通らなくてもいい。

加工詩は、時間をおいて磨かれた言葉だ。
伝わる形に整えたものだ。

どちらが正しい、という話ではない。
原詩がなければ加工詩は生まれないし、
加工詩があるから原詩は残り続ける。

わたしは、その両方を残したい。


【わたしの四刀流の生活】

わたしは同時に、いくつかの軸で生きている。

カンジョー箱。
身体づくり。
学び。
未来のための準備。

どれか一つに集中しているようで、
実はすべてがつながっている。

朝の静かな時間、机に向かう。
休日、誰にも邪魔されない集中。

ワクワクする日もあれば、
理由のないイライラもある。

そのどちらも、箱に入れる。


【もったいない、という違和感】

ときどき、強く感じる。
このままでいいのか、という違和感。

年齢や環境のせいにして、
納得したふりをすることもできる。

でも心の奥では、
まだ進める、と知っている。

通勤や移動に奪われる時間。
思考を使わない仕事の繰り返し。

それを否定したいわけじゃない。
ただ、わたしには別の使い道があると感じている。


【発想の街を歩く】

発想は、突然ひらめくものじゃない。
歩き続けた先に、街として現れる。

枠を飛び越え、
壊し、
結びつけ、
育ち、
進化していく。

アイデアが社会に出る前に、
わたしの中で何度も形を変える。

思考そのものが、作品になる瞬間がある。
その感覚を、忘れたくない。


【生きた証としての言葉】

一日一行でもいい。
未来のわたしに届けば、それでいい。

発想をずらし、
深く潜り、
引いて眺める。

感情を記録することは、
人生を肯定することに近い。

失敗も、停滞も、迷いも、
すべてが通過点だったと、あとでわかる。


【終わりに|わたし専用の本音】

この文章は、完成していない。
たぶん、ずっと完成しない。

それでもいい。

この本そのものが、
わたしが生きていた証になる。

誰かのためじゃない。
わたしのための、本音だ。


アイキャッチ画像用メモ

夜明け前の薄暗い部屋。
机の上にはノートとペン、少し冷めたコーヒー。
窓の外はまだ静かで、世界が動き出す直前の時間。
「本音を書き留めるための、誰にも邪魔されない一瞬」を感じさせるビジュアル。

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