40代半ばのフリーターだからこその強みを出し切る

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目次


【はじめに|宣言として書き残す理由】

この文章は、気合いや勢いのために書いているのではない。
未来のわたしが読み返したとき、逃げずに積み上げた証拠として残すための記録だ。

40代半ば、フリーター。
世間的には「不安定」「遅れている」「この先どうするのか」と言われがちな立場。
だが、ここには見落とされがちな強みがある。

それを感情論ではなく、現実の選択として、ここに整理しておく。


【40代半ばという現在地】

40代半ばという年齢は、若さの延長線ではない。
同時に、諦めの年齢でもない。

これまでの仕事、人間関係、失敗、遠回り。
そのすべてが、体感として身体に残っている。

勢いで走ることはできない代わりに、
無理をした先に何が起きるかを、わたしは知っている。

これは弱点ではない。
判断の精度が上がっている、という事実だ。


【フリーターという立場の再定義】

フリーターという言葉は、選択肢が少ない状態を指すことが多い。
だが実際には、時間と裁量が比較的自分の手に残っている立場でもある。

組織の論理や評価制度に全振りせず、
自分の判断で方向転換ができる。

責任を回避できる立場ではない。
その代わり、責任を引き受ける覚悟さえあれば、自由度は高い。

わたしはこの立場を、「準備期間」として使い切る。


【若さではなく、蓄積で勝つ】

20代の頃のような無理な働き方は、もう選ばない。
代わりに、積み上げた経験を編集して使う。

感情が揺れたときの対処。
集中できない日の扱い方。
続かなかった理由の分析。

これらは、すでに何度も通ってきた道だ。

同じ失敗を「反省」で終わらせず、
仕組みに変えることができるのが、今の強みだ。


【中途半端に戻らないための線引き】

一番避けたいのは、
口では大きなことを言いながら、疲れたら何もせず、
最後に「まあ、こんなもんだよね」と笑って終わる状態だ。

それは逃げではないふりをした、後退だ。

完璧である必要はない。
だが、何も出さなかった日を正当化しない。

止まってもいい。
ただし、再開する前提で止まる。

この線引きを、毎日の基準にする。


【出し切ると決めた日常の基準】

出し切るとは、常に全力疾走することではない。
今日の体力、集中力、環境の中で、
「これ以上は嘘になる」という一歩まで進むことだ。

五分でもいい。
一行でもいい。
形として残す。

その積み重ねが、
フリーターという肩書きを、ただの通過点に変える。


【未来へ残すための記録】

この記録は、誰かを納得させるためのものではない。
未来のわたしが、過去のわたしに言い訳をしないためのものだ。

40代半ばからでも、
条件が整ってからではなく、
今ある条件で動いた。

その事実が残っていれば、それでいい。


【終わりに|肩書きより姿勢】

肩書きは、あとからついてくる。
フリーターかどうかは、本質ではない。

出し切ったかどうか。
向き合い続けたかどうか。

その姿勢だけが、時間を超えて残る。

わたしは、この立場を使い切る。
中途半端に戻らないために。


アイキャッチ画像用メモ

夕方の薄暗い部屋。
机にノートとペン、少し冷めたコーヒー。
窓の外は静かで、派手さはない。
「40代半ば・フリーター」という文字は直接入れず、
背中越しに、黙って積み上げている空気感が伝わる構図。

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