今は本番じゃないと思い続けていた

OS

はじめに

はじめは、つなぎの仕事だった。

正社員をやめて、
次を探すまでのあいだ。

転職活動をしながら、
その場をしのぐために選んだのは、
働き世代よりも、どちらかといえばシニアが担っていることの多い仕事だった。

身体も心も、正直かなり楽だった。
これでしばらく過ごせるなら、悪くないと思った。

でも、どこか物足りなかった。


「今は本番じゃない」という感覚

情けなかった。
胸を張れる感じがしなかった。

その仕事に軸足を置いたまま、
なんとなく生活している感覚。

「今は本番じゃない」

そう言い聞かせながら、
その“今”が、思っていたより長く続いていった。


いろいろ試したけれど

副業もした。
別の仕事もした。
コミュニティも作った。
本も読んだ。

でも、
時間をうまく使えている感じはしなかった。

平日の昼に外にいる自分が、
妙に嫌だった。


楽になったのに、消えなかった違和感

短時間の関わりから、
その仕事をフルタイムに近い形で続けるようにした。

生活は安定して、
気持ちはだいぶ楽になった。

それなのに、

「俺、なにやってんだろ?」

という感覚が、消えなかった。


聞かれるのが怖かった言葉

「今、なにやってるの?」

その一言を聞かれるのが、怖かった。

寂しかった。
怖かった。

気楽さもあった。
責任もなかった。

可能性があるとも、
ないとも言えない状態。

気持ちがすぐ疲れて、よく寝ていた。

いい年して実家にいるのが、恥ずかしかった。
友達に会いたくない時期もあった。

何も考えていなかったのかもしれない。


それでも、ずっと残っていたもの

でも、本当は——

進みたかった。
喜びたかった。

ずっと、もやもやしていた。
怖かった。

今も、怖さはある。

傷つきたくなかった。
自分を守りたかった。

それでも今は、
前を向けていることが、少し嬉しい。


補足(物語の外の話)

これは、
その仕事を否定する話じゃない。

「逃げていた」と断罪する話でもない。

守っていた時間を、
そのまま置いた記録だ。

だから、価値がある。

この一話は、
過去の肯定でもあり、
次に進むための地面でもある。


おわりに

これは、
誰かを説得するための物語じゃない。

でも、
「今は本番じゃない」と思いながら
長い時間を過ごしたことのある人には、
きっと引っかかる。

そして何より——
これは、自分自身が生きてきた記録だ。

出していい。
これは、ちゃんと残していい。


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