10年後のわたしは、どうなっているか

構想屋

これは予言でも、理想論でもない。
今の延長線上にある、現実的な思考ログだ。
2025年の年末から、10年先を静かに見渡してみる。
立ち位置|名前よりも「状態」で存在している
10年後のわたしは、
何者かと聞かれても、はっきりした肩書きを出さない。
作家でもあり、起業家でもあり、
思想をまとめる人間でもあるが、
どれか一つに縛られてはいない。
わたしは
自分の頭で世界を切り取り、言葉と仕組みで価値に変える人間
として存在している。
中心にあるのは、カンジョー箱という世界観。
それを軸に、文章・音声・思想・習慣・物語が
自然に循環している状態だ。
仕事とお金|働き続けるが、追われてはいない
10年後、収益は一つに依存していない。
過去に積み上げたコンテンツが基盤になり、
聞き流し、思想系プロダクト、
メンバーシップやコミュニティ、
世界観そのものを買う人向けの高単価商品が回っている。
年収は800万から2,000万の間を行き来し、
一日の労働時間は2〜4時間程度。
「何もしなくて金が入る」状態ではない。
ただし、
毎日必死に働かないと不安になる状態からは完全に抜けている。
考える、作る、出す、微調整する。
このループは10年後も続いている。
精神状態|揺れても壊れない
今は、焦り、比較、不安、疑いが頻繁に顔を出す。
10年後、それらが消えるわけではない。
ただ、扱い方が変わっている。
迷いは止まる理由ではなく、
不安は材料になり、
怖さは行動の合図になる。
自信があるから強いのではない。
揺れても壊れないと知っているから、静かに強い。
人間関係|少なく、濃く、誤魔化さない
人間関係の数は減っている。
その代わり、質は大きく変わる。
気を使いすぎる相手はいない。
わたしの言葉を「自分の問題」として受け取る人だけが残る。
年齢も職業もばらばらだが、
生き方の温度が近い。
孤独ではない。
だが、群れてもいない。
身体と生活|派手さより、誤魔化しのなさ
身体は今より軽い。
無理な若作りはしない。
体調管理は義務ではなく、戦略になっている。
朝の時間を大切にし、
環境や移動を自分で選べる。
派手ではないが、
言い訳のいらない生活をしている。
カンジョー箱の現在地|消えない文化圏
10年後、カンジョー箱は
大きなバズを起こしているとは限らない。
ただし、確実に残っている。
思想体系として、
小さな文化圏として、
人生の途中に置かれる装置として。
「10年前に読んで、今も残っている」
そう言われるコンテンツ群になっている。
条件|この未来に行くために守っていること
この10年後に至るために、
わたしが守り続けていることは多くない。
出すのをやめない。
迎合しない。
完璧を待たない。
数字から逃げない。
自分を神格化しない。
これだけだ。
まとめ
10年後のわたしは、
迷わなくなった人間ではない。
迷いながらも、
自分の選択を引き受けられる人間になっている。
今の時間は遠回りではない。
静かに、確実に仕込まれている時間だ。

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