自分軸と相手軸はホントに相反するのか?

OS

はじめに

自分軸で生きたほうがいい。
それは頭では分かっている。

でも同時に、
相手の立場に立って考えたいし、
相手が嫌なことは、できるだけしたくない。

この二つは、ときどき真正面からぶつかる。

  • これは自分の気持ちを優先していいのか
  • 相手を置き去りにしていないか

そう考えすぎて、動けなくなることも多い。

この記事では、この矛盾について書く。
答えを出すためではない。
自分が、どこで止まりやすいのかを言葉にするために。


自分軸を優先できない理由

「自分軸を持て」と、よく言われる。

でも実際には、
どこかでこんなイメージが残っている。

  • 自分軸=わがまま
  • 自分軸=誰かを傷つける

相手の気分が悪くならないか。
場の空気を壊さないか。
自分だけ得をしていないか。

そう考え始めると、
いつの間にか判断基準がすべて「相手」になる。

その結果、
自分の選択なのに、自分で選んだ感じがしない。


相手軸で生きると起きやすいこと

相手を思いやること自体は、悪いことじゃない。

ただ、相手軸が続くと、
こんな感覚が少しずつ積み上がっていく。

  • なんとなく疲れる
  • 選択の理由を説明できない
  • 不満が溜まる
  • でも文句を言う資格がない気がする

「自分で決めたはずなのに、納得していない」

この状態が、いちばんやっかいだ。


自分軸と相手軸がぶつかる本当のポイント

この二つが相反して見えるのは、
どちらか一方しか選べないと思っているからかもしれない。

でも実際には、レイヤーが違う。

  • 自分軸:どう生きたいか
  • 相手軸:どう振る舞うか

問題になるのは、
「どう生きたいか」という自分の選択まで、
相手に委ねてしまうときだ。


自分軸を優先する、という本当の意味

自分軸を優先する、というのは

  • 相手を無視すること
  • 相手を傷つけてもいい、ということ

ではない。

本当は、こういう意味だと思っている。

選択の責任を、自分で引き受けること

相手に配慮しながらでもいい。
迷いながらでもいい。

それでも、あとから
「これは自分が選んだ」と言える状態でいること。

それが、自分軸だ。


相手を大切にしながら、自分軸で生きるために

自分に問い直したいのは、この一つ。

これは
相手のためにやっているのか
それとも
嫌われないために逃げているのか

同じ行動でも、理由が違うと、
あとに残る感情はまったく違う。

  • 相手を思って選んだなら、後悔は少ない
  • 自分を守るためだけに選んだなら、もやもやが残る

それでも迷うとき

正直、今も迷う。

「ほんとにこれでいいのかな?」
と思う場面は、これからも出てくる。

でも最近は、
迷っている自分を責めるのをやめた。

迷うのは、
自分も相手も、どちらも大切にしたいからだ。

それは、弱さじゃない。


おわりに

自分軸と相手軸は、敵同士じゃない。

自分で選び、
その選択の振る舞い方を考える。

それが、今の自分なりの落としどころだ。

完璧じゃなくていい。
揺れながらでもいい。

少なくとも、
「何も考えずに流されている状態」だけは、もう選ばない。

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