『はじまりのスケッチ』
第3話|自分のパソコン

シリーズ1(内面)

父のパソコンを借りる時間が増えていった。
参考書を開き、Illustratorを覚える。
スケッチブックの猫を取り込み、その上へ線や色を重ねる。
分からなかったことが、少しずつできるようになっていく。
パソコンに向かっている時間が、私は好きだった。


だから、自分のパソコンが欲しくなった。
誰かに借りなくても、やりたいと思ったときに使えるパソコン。
しかし、欲しいパソコンの金額を見ると、短時間の仕事だけでは足りなかった。
私は、ティッシュ配りの仕事も始めた。


たくさんの人が行き交う中で、ティッシュを差し出す。
受け取ってくれる人もいれば、こちらを見ずに通り過ぎる人もいた。
同じくらいの年齢の人が、仕事へ向かう姿も目に入った。
「いい歳をして、何をしているんだろう」
そう思う瞬間が、なかったわけではない。
それでも、嫌ではなかった。


働いた分だけ、自分のパソコンへ近づいていく。
昨日よりも今日。
今日よりも、次の給料日。
まだ手元にはないパソコンが、少しずつ現実になっていく。
それが、うれしかった。


ティッシュを差し出しながら、頭の中では、そのパソコンで何を作ろうかと考えていた。
Illustratorをもっと使ってみたい。
ほかのものも描けるかもしれない。
未来へ向かって進んでいる感じがした。
やがて私は、分割払いで自分のパソコンを購入した。


自分の部屋にパソコンが置かれた。
電源を入れる。
Illustratorを開く。
父のパソコンで作った猫のデータも移した。
画面に猫が現れる。
スケッチブックを開くと、紙の上の猫も画面を見ていた。
私はマウスを持ち、猫のデータを開いた。
何者かになったわけではない。
けれど、楽しかった。

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