このシリーズで一番書きたかったのは、
「人生が何も残らないまま流れていく感覚」でした。
毎日働いていた。
疲れるくらい動いていた。
考えてもいた。
でも、振り返った時、
何も積み上がっていない感じだけが残っていた。
仕事をして、帰って、寝て、また朝が来る。
生活は回っている。
でも、自分の人生そのものは、どこにも残っていない気がしていた。
だから、最初にやりたかったのは、成功でも、収益化でもありませんでした。
「自分の人生を、無かったことにしたくない」
その感覚が、カンジョー箱の一番最初の核でした。
このシリーズでは、
起業や商品開発のキラキラした話を書きたかった訳ではありません。
むしろ逆で、
構想だけが増えていく怖さ。
保存し続ける不安。
現実は何も進んでいない感覚。
出せる感情しか出せない苦しさ。
そういう、“まだ何者でもない途中状態”を残したかった。
ChatGPTとの会話で未来は広がっていった。
商品。
世界観。
キャラ。
未来都市。
頭の中だけなら、何度も人生が変わりかけていた。
でも現実では、
売上もない。
商品もない。
公開も怖い。
そのズレが、ずっと存在していた。
このシリーズで伝えたかったのは、
「夢を持てば成功する」という話ではありません。
むしろ、
未来を想像する熱狂と、
現実が進まない苦しさは、同時に存在する。
ということでした。
そしてもう一つ。
感情を残していくうちに、
残っていたのは感情だけじゃなかった。
迷いながら選んだこと。
止まった場所。
逃げた場面。
戻った瞬間。
“どう生きようとしていたか”
その流れ自体が、少しずつ人生の記録になっていた。
だから、カンジョー箱は、
最初から完成されたブランドでも、綺麗な成功談でもありませんでした。
怖いまま。
未完成のまま。
整理しきれないまま。
それでも、
「何も残らず終わる感覚」に抵抗するように、少しずつ積み上げていた。
このシリーズは、
“人生を変え切れないままでも、
消えそうだった自分の人生を、少しずつ残し始めた記録”
を書きたかったシリーズでした。
シリーズ7|カンジョー箱誕生編|あとがき
カンジョー通帳
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