カンジョー箱 ファンタジーシリーズ

シリーズ4(ファンタジー)

第2話|空を飛ぶ感情列車

駅のホームは、雲の上にあった。

でっさんの前に、 長い列車が滑り込んでくる。

車輪の下には、線路がない。

今日の気分に合わせて、 空に道ができる列車だった。

名前は「エモーション・エクスプレス号」。

スピーカーから、まるの声が響いた。

「乗り遅れた感情がないか、ご確認ください」

でっさんは、胸に手を置いた。

今日は、いろんな気持ちがある。

どれを持っていけばいいのか、 自分でもわからなかった。

*

乗り口で、まるが待っていた。

メガネを直し、 でっさんに通帳を渡す。

「今日の気分、ここに書いて」

でっさんは、少し考えた。

「うれしい。でも、腹も立ってる。寂しい気もする」

書くたびに、 列車の窓に灯りがついた。

「まとまらないな」

「全部、乗れたみたいだね」

まるが扉を閉める。

列車が、ゆっくり空へ浮かんだ。

置いてきた街が、小さくなる。

でっさんは、窓に近づいた。

さっきまで胸の中でぶつかっていた気持ちが、 この列車のどこかに乗っている。

会ってみたくなった。

*

一号車には、よろこがいた。

天井を、シャボン玉が漂っている。

一つに触れると、 昨日、誰かが自分の話を聞いてくれた場面が映った。

でっさんは、思い出して笑った。

「うれしかったんだよな」

「もう一回、見てもいいよ」

よろこが、隣に座った。

けれど、次の瞬間、 別の気持ちが割り込んできた。

でも、うまく話せなかった。 もっと、いいことを言えたはずだ。

シャボン玉が、しぼみかける。

でっさんは、そっと両手を添えた。

「……うれしかったのは、本当だ」

玉は小さな光になり、 通帳に落ちた。

話を聞いてもらえて、うれしかった。

*

二号車では、いかりが窓を見ていた。

空は赤く、 遠くで雷が光っている。

「俺、なんでこんなに腹が立つんだろ」

いかりは、握った手を開いた。

中に、小さな紙があった。

「それくらい、どうでもいいだろ」

誰かに言われた言葉だった。

でっさんの胸が、また熱くなる。

「俺には、大事だったのに」

車掌のかんがが、 帽子を押さえながら近づいた。

「その言葉も、記録しておく?」

でっさんは、うなずいた。

自分の大事なものを、軽く扱われて悔しかった。

書くと、いかりの隣が空いた。

でっさんは、そこに座った。

雷はまだ光っていた。

でも、何に腹を立てているのかは、 さっきよりわかった。

*

三号車の窓には、雨が流れていた。

かなしが、一人で座っている。

「ここ、座っていい?」

かなしが、少し横へ寄った。

しばらく、二人で雨を見た。

「俺、本当はもう少し話したかった」

でっさんが言った。

「うん」

「でも、迷惑かなって思って、帰った」

かなしは、黙って聞いていた。

口にすると、 あのときの寂しさが戻ってきた。

でっさんは、通帳を開いた。

もう少し、一緒にいたかった。

かなしが、窓から目を離した。

「乗ってくれて、ありがとう」

でっさんは、少し照れて、 うなずいた。

次の車両から、笑い声が聞こえた。

*

四号車では、たのしが、 座席の背に指でリズムを刻んでいた。

「今、いい音がした」

「何の?」

「君の足音」

たのしが真似をする。

妙に大げさで、 でっさんは吹き出した。

笑った拍子に、通帳が開く。

うれしかった。 悔しかった。 寂しかった。

その下に、もう一行書いた。

変な足音で、笑った。

最後尾へ行くと、 静かな車両があった。

でっさんは、一人で座った。

通帳を読み返してみる。

同じ一日の中に、 こんなに違う自分がいた。

スピーカーが、小さく鳴った。

聞こえたのは、 少し年を取った自分の声だった。

「あの日、全部連れてきてくれて、ありがとう」

でっさんは、顔を上げた。

「どこで待ってるんだよ」

返事の代わりに、 まるの案内が流れた。

「次は、“明日”です」

窓の向こうに、朝の街が見えてきた。

でっさんは、通帳を閉じた。

降りる前に、 忘れものがないか、胸に手を置いた。

みんな、いる。

「よし。降りよう」

列車の扉が、静かに開いた。

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