第2話|空を飛ぶ感情列車
駅のホームは、雲の上にあった。
でっさんの前に、 長い列車が滑り込んでくる。
車輪の下には、線路がない。
今日の気分に合わせて、 空に道ができる列車だった。
名前は「エモーション・エクスプレス号」。
スピーカーから、まるの声が響いた。
「乗り遅れた感情がないか、ご確認ください」
でっさんは、胸に手を置いた。
今日は、いろんな気持ちがある。
どれを持っていけばいいのか、 自分でもわからなかった。
*
乗り口で、まるが待っていた。
メガネを直し、 でっさんに通帳を渡す。
「今日の気分、ここに書いて」
でっさんは、少し考えた。
「うれしい。でも、腹も立ってる。寂しい気もする」
書くたびに、 列車の窓に灯りがついた。
「まとまらないな」
「全部、乗れたみたいだね」
まるが扉を閉める。
列車が、ゆっくり空へ浮かんだ。
置いてきた街が、小さくなる。
でっさんは、窓に近づいた。
さっきまで胸の中でぶつかっていた気持ちが、 この列車のどこかに乗っている。
会ってみたくなった。
*
一号車には、よろこがいた。
天井を、シャボン玉が漂っている。
一つに触れると、 昨日、誰かが自分の話を聞いてくれた場面が映った。
でっさんは、思い出して笑った。
「うれしかったんだよな」
「もう一回、見てもいいよ」
よろこが、隣に座った。
けれど、次の瞬間、 別の気持ちが割り込んできた。
でも、うまく話せなかった。 もっと、いいことを言えたはずだ。
シャボン玉が、しぼみかける。
でっさんは、そっと両手を添えた。
「……うれしかったのは、本当だ」
玉は小さな光になり、 通帳に落ちた。
話を聞いてもらえて、うれしかった。
*
二号車では、いかりが窓を見ていた。
空は赤く、 遠くで雷が光っている。
「俺、なんでこんなに腹が立つんだろ」
いかりは、握った手を開いた。
中に、小さな紙があった。
「それくらい、どうでもいいだろ」
誰かに言われた言葉だった。
でっさんの胸が、また熱くなる。
「俺には、大事だったのに」
車掌のかんがが、 帽子を押さえながら近づいた。
「その言葉も、記録しておく?」
でっさんは、うなずいた。
自分の大事なものを、軽く扱われて悔しかった。
書くと、いかりの隣が空いた。
でっさんは、そこに座った。
雷はまだ光っていた。
でも、何に腹を立てているのかは、 さっきよりわかった。
*
三号車の窓には、雨が流れていた。
かなしが、一人で座っている。
「ここ、座っていい?」
かなしが、少し横へ寄った。
しばらく、二人で雨を見た。
「俺、本当はもう少し話したかった」
でっさんが言った。
「うん」
「でも、迷惑かなって思って、帰った」
かなしは、黙って聞いていた。
口にすると、 あのときの寂しさが戻ってきた。
でっさんは、通帳を開いた。
もう少し、一緒にいたかった。
かなしが、窓から目を離した。
「乗ってくれて、ありがとう」
でっさんは、少し照れて、 うなずいた。
次の車両から、笑い声が聞こえた。
*
四号車では、たのしが、 座席の背に指でリズムを刻んでいた。
「今、いい音がした」
「何の?」
「君の足音」
たのしが真似をする。
妙に大げさで、 でっさんは吹き出した。
笑った拍子に、通帳が開く。
うれしかった。 悔しかった。 寂しかった。
その下に、もう一行書いた。
変な足音で、笑った。
最後尾へ行くと、 静かな車両があった。
でっさんは、一人で座った。
通帳を読み返してみる。
同じ一日の中に、 こんなに違う自分がいた。
スピーカーが、小さく鳴った。
聞こえたのは、 少し年を取った自分の声だった。
「あの日、全部連れてきてくれて、ありがとう」
でっさんは、顔を上げた。
「どこで待ってるんだよ」
返事の代わりに、 まるの案内が流れた。
「次は、“明日”です」
窓の向こうに、朝の街が見えてきた。
でっさんは、通帳を閉じた。
降りる前に、 忘れものがないか、胸に手を置いた。
みんな、いる。
「よし。降りよう」
列車の扉が、静かに開いた。


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