世界のどこかに、
気持ちを小瓶にしまう薬局がある。
うれしくて眠れない夜も。
理由もなく寂しい朝も。
その店では、調合の材料になる。
店の名前は「カンジョー薬局」。
看板には、手描きの文字。
「いらっしゃい。今日の気分、調合するよ」

でっさんが扉を開けると、
奥まで続く棚が見えた。
外から見たときは、小さな店だった。
なのに、棚の先が見えない。
小瓶の中では、
青い霧や金色の粒が動いていた。
「孤独、五ミリ」
「期待、二滴」
「昨日の後悔。薄めてあります」
「後悔まで売ってるのか」
「捨てるには、惜しいのもあるからね」
棚の間から、まるが現れた。
メガネを直し、
でっさんの顔をのぞく。
「今日は、何を持ってきた?」

「何か作りたいんだ」
でっさんは、カウンターに座った。
「絵も、文章も。頭の中にある夢も、形にしたい」
「うん」
「でも、考えてるうちに怖くなる」
「何が?」
「作っても、誰にも届かなかったらって」
まるが空の器を置くと、
でっさんの胸から、灰色の煙がこぼれた。
慌てて押さえる。
「これ、俺の?」
「そう。ずっと抱えてたんだね」
煙の奥で、
小さな金色の粒が光っていた。
「こっちは?」
まるが器を傾けた。
「怖くても、作ってみたい気持ち」

「じゃあ、怖い方を抜いてくれよ」
まるは、灰色の煙を少しすくった。
煙の中に、でっさんが見えた。
作ったものを誰かに渡し、
返事を待っている。
その顔は、不安そうだった。
でも、相手をよく見ていた。
「全部抜く?」
でっさんは、しばらく眺めた。
「……少し残して」
まるは、うなずいた。
「安心」を七滴。
「緊張」を三滴。
そこへ、
「やれる気がする粉」をひとつまみ。
器の中で、灰色と金色が混ざった。
でっさんは、思わず身を乗り出した。
「変な色になると思った」
「混ぜてみるまで、わからないよ」

そのとき、奥の棚が鳴った。
まるが振り向く。
「おや。新しい気持ちが来た」
棚がゆっくり動き、
二つの瓶の間に、隙間ができた。
そこへ、小さな空瓶が現れる。
まるは、でっさんの器から一滴移した。
瓶の中に、
灰色を含んだ金色の光がともった。
「名前、つけてみる?」
「俺が?」
「君から生まれたものだから」
でっさんは、瓶を手に取った。
怖さもある。
期待もある。
どちらか一つでは、言い表せない。
「……怖いけど、楽しみ」
まるがラベルに書いた。
棚へ置くと、隣の瓶まで、ほのかに光った。
でっさんは、店の奥を見た。
この棚の一つひとつに、
誰かのこんな気持ちがあるのか。
もっと見てみたくなった。
*
まるは、調合した液をスプレーに移した。
「背中に、一プッシュ」
「これで、自信がつく?」
「さてね」
瓶にラベルを貼る。
効果:気のせい。
「なんだよ、それ」
でっさんが笑うと、
まるも少し笑った。
「今、どう?」
でっさんは、自分の胸に手を置いた。
まだ怖い。
でも、さっきより、
作りかけの続きを見たくなっていた。
「帰ったら、ちょっと書いてみたい」
「その気持ちも、今度持ってきて」
でっさんは瓶をポケットに入れた。
帰る前に、もう一度棚を見る。
「怖いけど、楽しみ」
自分の気持ちが、
この不思議な店の一部になっている。
なんだか、うれしかった。
扉が閉まると、まるは新しい瓶を眺めた。
そこへ、次の客の足音がした。
まるは空の器を用意する。
「いらっしゃい。今日は、どんな気分?」




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