翌日、私は昨日保存したファイルを開いた。
白い画面の上で、入力するための線が点滅している。
最初の一行を書こうとした。
しかし、手は動かなかった。
まだ決まっていないことが多すぎる。
私は、そう考えた。
けれど、前の日までに作った構想は、すでにいくつもあった。
キャラクターの名前もある。
物語に使いたい出来事もある。
書き始めるための材料が、何もないわけではなかった。
それでも始められない。
私は、白い画面を見ながら、自分に問いかけた。
もし、この物語を自分が作ったと、誰にも知られないとしたら。
それでも、書けないだろうか。
答えは、すぐに浮かんだ。
それなら、書ける。
その答えが出た瞬間、胸の奥が少し重くなった。
私は、物語が作れないのではなかった。
何を作ればいいのか分からないだけでもなかった。
作ったものを、自分と結びつけて見られることが怖かった。
名前を付けたキャラクターたち。
猫や感情を使った物語。
自分の迷いや失敗を入れた世界。
それを、知っている人に見つけられたらどう思われるだろう。
いい歳をして、何を作っているんだ。
幼稚なことを、よく真剣に続けられるな。
そう思われるかもしれない。
誰かに言われたわけではなかった。
まだ物語さえ書いていない。
それでも私は、誰かに見られたあとのことを先に想像していた。
怖かったのは、作品を否定されることだけではない。
その作品を作った私まで、格好悪いと思われることだった。
私は、格好いいものを作りたいのだと思っていた。
子どもっぽく見えないもの。
きちんと説明できるもの。
誰かに知られても、恥ずかしくないもの。
けれど、本当は違った。
「格好いいものを作りたいんじゃない」
私は、声に出した。
「格好悪いと思われたくなかっただけだ」
言葉にすると、これまで増やしてきた構想の見え方が変わった。
すべてが必要な準備だったわけではない。
考え続けている間は、物語を書かなくても済んだ。
物語を書かなければ、誰にも見せなくていい。
誰にも見せなければ、格好悪いと思われることもない。
メモの中には、「ばつ」という名前が残っていた。
姿は、まだ決まっていない。
それでも、その文字から声が聞こえた気がした。
「怖くなくなってから作るのか」
私は答えられなかった。
怖さが消える日が来るのか、分からなかった。
画面では、入力するための線が点滅し続けている。
私は一文字も入力しないまま、その画面を見つめていた。


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