最初の一行を書いたあと、私は続きを書いた。
放置していたスケッチブックへ、猫を描いたこと。
父のパソコンを借りたこと。
ティッシュを配り、自分のパソコンを買ったこと。
デザインを学ぶため、環境を変えたこと。
部屋で一人、創作を続けたこと。
もっと外へ出たいと思い、仕事を増やしたこと。
働いて貯めたお金で、欧米輸入転売へ二度挑戦したこと。
実家を出たこと。
そして、もう一度何かを作りたくなり、カンジョー箱という名前を付けたこと。

書いている途中で、何度も手が止まった。
この出来事まで書く必要があるのか。
どこまで自分のことを出すのか。
自分を良く見せようとしていないか。
反対に、悪く書きすぎていないか。
考え始めると、また全体を作り直したくなった。
それでも今回は、新しい構想へ移らなかった。
書き終えたところまで読み返し、次の一行を書いた。
一話ずつ進めた。
やがて、第十話の最後までたどり着いた。
私は、最後の句点を打った。
『はじまりのスケッチ』が完成した。

何かの答えが出たわけではない。
まるをはじめ、姿が決まりきっていないキャラクターもいる。
カンジョー箱を、これから何にしていくのかも決まりきっていない。
物語。
キャラクター。
Webサイト。
商品。
事業。
考えなければならないことは、まだいくつも残っていた。
この物語にも、直そうと思えば直せるところはあった。
もっと分かりやすくできるかもしれない。
もっと格好よくできるかもしれない。
説明を加えたほうがいい場所もあるかもしれない。
私は、また構想へ戻りそうになった。
けれど、今回は一つの物語を最後まで書いた。
すべてを決めてから作ったのではない。
迷いが消えてから書いたのでもない。
未完成のまま残っているものを抱えて、それでも書き終えた。

私は、公開画面を開いた。
タイトル。
本文。
画像。
表示されている内容を、上から順番に確認した。
画面の下に、公開するためのボタンがあった。
メモの中に残っている「ばつ」という名前から、声が聞こえた気がした。
「保存するだけじゃ駄目なのか」
保存するだけなら、また閉じることができる。
誰にも見せず、なかったことにもできる。
もう少し準備が必要だと言って、別の構想を始めることもできる。
それでも私は、この物語をパソコンの中だけには残したくなかった。

恥ずかしさは消えていない。
どう思われるのかも気になる。
これで何かが変わるのかも分からない。
それでも、今回は一つだけ外へ出す。
私は、公開ボタンを押した。
画面が切り替わった。
『はじまりのスケッチ』が、Webサイトに表示された。
急に何者かになったわけではない。
カンジョー箱の形が完成したわけでもない。
すぐに誰かから反応が届いたわけでもない。
部屋の中は、何も変わっていなかった。
それでも、物語はもう、私のパソコンの中だけにはなかった。

私は、公開された第一話を開いた。
画面の中で、スケッチブックの猫がこちらを見ている。
「それで、次はどこに描く?」
最初に聞いたとき、私は答えられなかった。
今も、次に何を作るのかは決まりきっていない。
けれど、私は新しいファイルを開いた。
次は、何を外へ出そう。
そう考えると、胸の奥で、あのときのわくわくが少しだけ動いた。



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