『はじまりのスケッチ』
第10話|私が動く番

シリーズ1(内面)

最初の一行を書いたあと、私は続きを書いた。

放置していたスケッチブックへ、猫を描いたこと。
父のパソコンを借りたこと。
ティッシュを配り、自分のパソコンを買ったこと。
デザインを学ぶため、環境を変えたこと。
部屋で一人、創作を続けたこと。

もっと外へ出たいと思い、仕事を増やしたこと。
働いて貯めたお金で、欧米輸入転売へ二度挑戦したこと。
実家を出たこと。

そして、もう一度何かを作りたくなり、カンジョー箱という名前を付けたこと。


書いている途中で、何度も手が止まった。

この出来事まで書く必要があるのか。
どこまで自分のことを出すのか。
自分を良く見せようとしていないか。
反対に、悪く書きすぎていないか。

考え始めると、また全体を作り直したくなった。

それでも今回は、新しい構想へ移らなかった。

書き終えたところまで読み返し、次の一行を書いた。
一話ずつ進めた。

やがて、第十話の最後までたどり着いた。

私は、最後の句点を打った。

『はじまりのスケッチ』が完成した。


何かの答えが出たわけではない。

まるをはじめ、姿が決まりきっていないキャラクターもいる。
カンジョー箱を、これから何にしていくのかも決まりきっていない。

物語。
キャラクター。
Webサイト。
商品。
事業。

考えなければならないことは、まだいくつも残っていた。

この物語にも、直そうと思えば直せるところはあった。

もっと分かりやすくできるかもしれない。
もっと格好よくできるかもしれない。
説明を加えたほうがいい場所もあるかもしれない。

私は、また構想へ戻りそうになった。

けれど、今回は一つの物語を最後まで書いた。

すべてを決めてから作ったのではない。
迷いが消えてから書いたのでもない。

未完成のまま残っているものを抱えて、それでも書き終えた。


私は、公開画面を開いた。

タイトル。
本文。
画像。

表示されている内容を、上から順番に確認した。

画面の下に、公開するためのボタンがあった。

メモの中に残っている「ばつ」という名前から、声が聞こえた気がした。

「保存するだけじゃ駄目なのか」

保存するだけなら、また閉じることができる。
誰にも見せず、なかったことにもできる。
もう少し準備が必要だと言って、別の構想を始めることもできる。

それでも私は、この物語をパソコンの中だけには残したくなかった。


恥ずかしさは消えていない。
どう思われるのかも気になる。
これで何かが変わるのかも分からない。

それでも、今回は一つだけ外へ出す。

私は、公開ボタンを押した。

画面が切り替わった。

『はじまりのスケッチ』が、Webサイトに表示された。

急に何者かになったわけではない。
カンジョー箱の形が完成したわけでもない。
すぐに誰かから反応が届いたわけでもない。

部屋の中は、何も変わっていなかった。

それでも、物語はもう、私のパソコンの中だけにはなかった。


私は、公開された第一話を開いた。

画面の中で、スケッチブックの猫がこちらを見ている。

「それで、次はどこに描く?」

最初に聞いたとき、私は答えられなかった。

今も、次に何を作るのかは決まりきっていない。

けれど、私は新しいファイルを開いた。

次は、何を外へ出そう。

そう考えると、胸の奥で、あのときのわくわくが少しだけ動いた。

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