このシリーズで一番書きたかったのは、
「ちゃんとしようとしていたのに、身体だけが止まっていた理由」でした。
怠けていた訳じゃなかった。
むしろ、ずっと考えていた。
求人も見ていた。
面接動画も見ていた。
履歴書も書こうとしていた。
“進まなきゃ”とは、ずっと思っていた。
でも、身体だけが動かなかった。
このシリーズでは、その状態を、
「根性がない」や「甘え」で終わらせたくありませんでした。
本当は、身体のほうが先に限界を感じていた。
戻りたくない働き方。
呼吸が浅くなる毎日。
疲れて寝るだけの生活。
“ちゃんとして見える人生”へ戻ろうとするたび、身体が静かに止まっていた。
だから苦しかった。
アクセルを踏んでいるのに、
同時にブレーキも踏んでいた。
前へ進みたい。
でも、その方向へ戻るのは苦しい。
この矛盾を抱えたまま、自分を責め続けていた。
このシリーズで伝えたかったのは、
「止まることが正しい」という話ではありません。
ただ、身体が止まる時には、
“その方向、本当に大丈夫か”という感覚が含まれていることがある、ということでした。
そしてもう一つ。
人生は、
「ちゃんとしているかどうか」だけで出来ている訳じゃなかった。
喫茶店で本を読む時間。
知らない生き方へ触れた時間。
画面越しに、“こういう空気いいな”と思った感覚。
そういう、一見遠回りに見える時間が、
少しずつ呼吸を戻していくこともある。
答えは、最後まで出ませんでした。
未来も決まっていません。
でも、
「こう生きなきゃ終わりだ」と思い込んでいた世界は、少しだけ広がっていた。
このシリーズは、
就職活動の話というより、
“ちゃんとしようとして、呼吸が苦しくなっていた人が、
もう一度、自分の感覚を取り戻していく話”
を書きたかったシリーズでした。
シリーズ1|ちゃんとしようとすると苦しかった|あとがき
カンジョー通帳

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