「働いて、帰って、寝る。また明日も同じか」
でっさんは、通帳を開いたままつぶやいた。
生活は続いている。
でも、自分で仕事を作る夢は、ずっと後回しだった。
ほしいが、向かいに座った。
「本当は、どんな毎日にしたかった?」
「自分の商品を作りたい。売って、買ってくれた人に会いたい。知らない場所へ行って、仲間と笑いたい」
言うほど、胸が苦しくなった。
「でも、まだ何も始まってない」

通帳のページが光った。
次の瞬間、でっさんは知らない部屋にいた。
机の前に、年を取った自分が座っていた。
「ここは?」
「お前が、ずっと後回しにした先だ」
机の引き出しには、作りかけの商品が入っていた。
「売ってみなかったのか?」
年を取った自分は、首を振った。
「もう少し自信がついたら、と思ってた」
でっさんは黙った。
「仕事が落ち着いたら。もっと勉強したら。そのうち時間ができたら」
全部、覚えのある言葉だった。
「後悔してる?」
「ああ。売れなかったことより、売ってみなかったことをな」

元の部屋に戻ると、ばつが待っていた。
「どうする?」
「……あの未来は嫌だ」
でっさんは、通帳を引き寄せた。
ほしいが聞いた。
「何を売ってみたい?」
「カンジョー箱の短い物語。読んだ人が、自分の気持ちを少し話せるようなもの」
まるが、ペンを差し出した。
でっさんは、少し考えた。
「今の俺みたいに、まだ何かやりたいのに、自信をなくしてる人に届けたい」
書いているうちに、手が止まった。
「誰も買わなかったら?」
「それは怖いね」
かなしが言った。
でっさんは、うなずいた。
誰も、大丈夫だとは言わなかった。
少し考えてから、でっさんはもう一行書いた。
「まず一冊、完成させて売ってみる」

たのしが、通帳をのぞいた。
「売れたら、どうする?」
「買ってくれた人に、お礼を言う」
「その次は?」
「もう一冊作る。いつか、一緒に作る仲間も欲しい」
話しているうちに、でっさんの顔が上がった。
自分で仕事を作る。
人に会う。
行きたい場所へ行く。
欲しかった毎日は、まだ欲しかった。
ばつが笑った。
「いい顔になったな」
「怖いけどな」
でっさんも笑った。
「でも、俺の作ったものが誰かに届くところを、見てみたい」

その夜、でっさんは一冊目の題名を決めた。
明日、最初の物語を直す。
通帳を閉じ、布団に入った。
生活のための仕事も、明日はある。
夢がかなう保証もない。
それでも、今夜は一つ、自分で決めた。
俺は、自分の仕事を作る。
眠る前、でっさんは机の方を見た。
さっきまで空白だった場所に、一冊目の題名がある。
「よし。明日、続きをやろう」
今度は、自分との約束が楽しみだった。




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