準備の部屋

シリーズ1(内面)

目が覚めたとき、でっさんは、まだ布団の中にいた。

自分の仕事を持ちたい。
そう言って、どれくらい経っただろう。

「起業したいって言ってるだけじゃないか」

やる気になった日は、あれもこれもできる気がする。
けれど、翌日には違うことが気になる。
分からないことを調べ、考え直し、また別の案を思いつく。

それで、一日が終わることもあった。

「これじゃ、無理だよな」

でっさんは天井を見ていた。

やがて布団を出た。
仕事に行く時間だった。



電車に乗り、スマホを取り出した。

画面には、いくつものメモが並んでいる。

事業の案。
作ってみたい商品。
そのために必要なこと。
それらを整理するためのメモ。

パソコンにも、似たようなものがあった。

保存先を決めた。
バックアップを取った。
一覧表を作った。

あとで手間がかからないように。
増えてから整理するのは大変だから。
最初に、ちゃんと準備しておこう。

そう考えて、一つずつ整えていた。

役に立ったものもあった。
けれど、仕組みができると、その仕組みをもっと使いやすくしたくなった。

項目を足す。
並びを変える。
別の方法も試してみる。

作品が増える前に、作品を管理する表ができた。

整った空欄を眺めていると、これからたくさん作れる気がした。

その日は、それで満足することもあった。



でっさんは、古いメモを開いた。

そこにも、自分の仕事を持ちたいと書いてあった。

日付を見て、指が止まった。

起業しようと思ってから、10年。

何度も考え、構想し、準備してきた。

何もしていなかったわけではない。

人を集めたことがあった。
文章を書いて公開し、連絡を取り、日を決めた。

実際に集まると、いろいろな人と話ができた。
自分では思いつかなかった話も聞けた。

面倒に感じていた準備も、集まった後には、やってよかったと思った。

商品を仕入れ、売ったこともあった。
うまくいかなかったけれど、次はどうしようと考える時間には、楽しみがあった。

今だって、物語を作っている。
文章を書き、画像を作り、公開している。

それでも、出さないまま終わったものが、いくつもあった。

でっさんは、メモの日付をもう一度見た。

思っていた以上に、時間が経っていた。



自分がやってきた制作を、商品にできないか。

最近、そんなことを考えていた。

好きで続けていることと、自分の仕事を持つこと。
その二つが、つながる気がした。

ところが、文章にまとめ始めると、また手が止まった。

「なんか、違う」

言葉は並んでいる。
けれど、自分が伝えたいこととは、少し違う。

一文を直す。
すると、次の一文も気になる。

説明を足すと、長くなる。
短くすると、大事なところまでなくなった気がする。

そのうち、何を作ろうとしていたのかも、分からなくなってきた。

でっさんは、画面を閉じかけた。

前にも、こんなことがあった。

準備ができれば進めると思った。
もっと整えば、外に出せると思った。

けれど、直せるところは、いつでも見つかった。

「また、これを繰り返すのかな」

窓の外を、建物が流れていった。



でっさんは、書きかけの文章に戻った。

まだ気になるところはあった。
もっと伝わりやすい言い方も、あるのかもしれない。

でも、今の文章にも、自分が考えてきたことは書いてある。

今日は、何か進めたと感じたかった。

いつもの仕事へ向かい、働いて、帰る。
その一日の中で、自分がやりたかったことも、一つ進めておきたかった。

でっさんは、文章を最後まで読んだ。

一か所、言葉を直した。
そこだけ、もう一度確かめた。

車内に、次の駅を知らせる声が流れた。

でっさんは、公開のボタンを押した。

「公開しました」

画面に、その文字が出た。

自分のサイトを開く。
文章は、ちゃんと載っていた。

今日は、一つ進めた。
日々の仕事以外にも、自分で動けた。

でっさんはスマホをしまった。

もうすぐ、降りる駅だった。

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