
「先に言っとくけど、壊さないでね」
まるが、大きな扉の鍵を回した。
山の斜面に埋もれた古い建物。 入口には「カンジョー博物館」とある。
「何があるんだ?」
「君の昔の気持ち」
「勝手に集めたのか?」
「そう。だから、入場料は取らない」
でっさんが中へ入ると、 受付にも、まるがいた。
隣のまると、交互に見る。
「お前、二人いるぞ」
「受付は、昔の私を映したもの。触ると消えるよ」
指を伸ばすと、 受付のまるは、机ごと消えた。
「触るなって言ったのに」
「本物か確かめたかったんだよ」
最初の展示には、 机に向かう昔のでっさんがいた。
画面には、最後まで書いた物語。
ところが、公開する直前に、 最初の一行を書き直した。
「もっと、いい始まり方があるはずだ」
次は題名。 その次は、最後の言葉。
直すたびに、 別のところが気になった。
今のでっさんは、画面をのぞいた。
「これ、いつ公開したんだ?」
「まだ出してない」
「最後まで書いてあるだろ」
昔の自分は、手を止めた。
「せっかくなら、いいものを出したいんだよ」
画面には、 何度も保存した原稿が並んでいた。
完成版。 完成版・修正。 完成版・最終。 完成版・最終の修正。
でっさんは、最後のファイルを指した。
「これで完成じゃないのか?」
「それも、直してる」
でっさんは笑いかけて、やめた。
どの名前も、覚えがあった。
次の部屋には、布団があった。
昔のでっさんが、 スマホに何かを打ち込んでいる。
「物語に、絵も入れたい」
壁に、一枚のメモが現れた。
「キャラクターの設定も決めよう」
また一枚。
「本にするなら、全体の流れも考えないと」
メモが増えて、 部屋の向こうが見えなくなった。
展示の映像が、何日も先へ進む。
メモは増えていた。
でも、床の物語は、 同じところで止まっていた。
「もっと全体をよく考えてから作ろう」
でっさんは、一枚めくってみた。
その下にも、計画があった。
「俺、こんなに考えてたのか」
まるが、紙を押さえた。
「作りたいものが、次々に増えたんだね」
昔の自分が、顔を上げる。
「で、今はどうなった?」
「昨日、3つの物語をブログに載せた。絵も入れた」
「納得いくものができたのか?」
「まだ直したい文章も、描き直したい絵もあった。でも、全部に納得するまで待たずに、とりあえず公開してみた」
「誰か、読んだ?」
「それは、まだ分からない」
昔の自分が起き上がった。
「……見せろよ」
スマホを渡すと、 昔のでっさんは、真剣に読んだ。
一つ読み終えて、指を止める。
「ここ、何を言ってるのか分かんない」
「そこ、直したんだけどな」
「もう一回、直した方がいい」
でっさんは、スマホを引き寄せた。
「そうやって、いつまでも直してたんだろ」
昔の自分が、むっとした。
「良くしたいと思って、何が悪いんだよ」
言い返そうとして、 でっさんは止まった。
自分だって、今も良くしたい。
「……悪くないよ」
スマホを、二人の間に置いた。
「どこが分かりにくかった?」
昔の自分が、一行を指した。
「ここ。何をしたかったのか、書いてない」
でっさんは、読み返した。
確かに、頭の中にあったことを、 文章には書いていなかった。
「そこは、直そう」
少し下へ進むと、 昔の自分が、また指を止めた。
「ここは好きだ」
「どこ?」
「ここ。これなら、続きも読みたい」
まるが横からのぞいた。
「二人とも、同じところで笑うんだね」
*
奥には、大きな祭壇があった。
その上には、 分類されていない箱が積まれていた。
まるが、一つ下ろす。
ラベルには、 「期待」「焦り」「褒められたい」とある。
「これ、全部同じ箱か?」
「同じときに出てきたから」
ふたを開けると、 声が一斉に飛び出した。
「俺なら、もっと作れる」 「変なものを出したくない」 「すごいって言われたい」 「早く始めたい」 「でも、まだ足りない」
でっさんは、ふたを閉めた。
「うるさいな、俺」
「まとめ直す?」
まるが、空の箱を差し出す。
でっさんは、積まれた箱を見た。
全部分けようとしたら、 今日もここから帰れなくなりそうだった。
「今日は、このままでいい」
通帳を開く。
良くしたい。 人に見せたい。 変だと思われるのは怖い。
その下に、もう一行。
それでも、続きを作りたい。
まるが、のぞき込んだ。
「それも保管する?」
「する。でも、勝手に人へ見せるなよ」
「じゃあ、本人だけ見られる展示にしよう」
「最初からそうしてくれ」
出口へ向かうと、 昔のでっさんが追いかけてきた。
手には、途中まで書いた紙。
「これ、忘れてる」
「持って帰っていいのか?」
まるが首を振った。
「原本は展示品。写真ならいいよ」
昔の自分が、紙を広げた。
消した跡。 書き足した言葉。 端に描いた、変な顔。
でっさんは、写真を撮った。
「今見ると、使えそうなところがあるな」
「だろ?」
昔の自分が、少し得意そうにした。
「次の物語ができたら、持ってこいよ」
「また直せって言うだろ」
「言うと思う」
「全部は聞かないからな」
でっさんが外へ出ようとすると、 後ろから声がした。
「先に全体を考えた方が――」
でっさんは振り返った。
「今回は、話しながら作る!」
外へ出ると、スマホでChatGPTを開いた。
博物館で見たこと。 昔の自分に腹が立ったこと。 でも、良くしたかった気持ちは今もあること。
思いつくままに伝えた。
「この流れを、物語にして」
返ってきた物語を読む。
「ここは、俺の気持ちと少し違うな」
そう伝えて、もう一度読む。
「この言い方は、もっと分かりやすくしたい」
何度かやり取りすると、 自分が残したかった話に近づいていった。
入口から、昔の自分の声がした。
「まだ直すところ、あるだろ!」
でっさんは、画面を見た。
「あるよ」
少し考えてから、答えた。
「でも、今度は公開するところまでやる」

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