「もっと良くしてから」の俺に会いに行く

シリーズ4(ファンタジー)

「先に言っとくけど、壊さないでね」
まるが、大きな扉の鍵を回した。
山の斜面に埋もれた古い建物。 入口には「カンジョー博物館」とある。
「何があるんだ?」
「君の昔の気持ち」
「勝手に集めたのか?」
「そう。だから、入場料は取らない」
でっさんが中へ入ると、 受付にも、まるがいた。
隣のまると、交互に見る。
「お前、二人いるぞ」
「受付は、昔の私を映したもの。触ると消えるよ」
指を伸ばすと、 受付のまるは、机ごと消えた。
「触るなって言ったのに」
「本物か確かめたかったんだよ」

最初の展示には、 机に向かう昔のでっさんがいた。
画面には、最後まで書いた物語。
ところが、公開する直前に、 最初の一行を書き直した。
「もっと、いい始まり方があるはずだ」
次は題名。 その次は、最後の言葉。
直すたびに、 別のところが気になった。
今のでっさんは、画面をのぞいた。
「これ、いつ公開したんだ?」
「まだ出してない」
「最後まで書いてあるだろ」
昔の自分は、手を止めた。
「せっかくなら、いいものを出したいんだよ」
画面には、 何度も保存した原稿が並んでいた。
完成版。 完成版・修正。 完成版・最終。 完成版・最終の修正。
でっさんは、最後のファイルを指した。
「これで完成じゃないのか?」
「それも、直してる」
でっさんは笑いかけて、やめた。
どの名前も、覚えがあった。


次の部屋には、布団があった。
昔のでっさんが、 スマホに何かを打ち込んでいる。
「物語に、絵も入れたい」
壁に、一枚のメモが現れた。
「キャラクターの設定も決めよう」
また一枚。
「本にするなら、全体の流れも考えないと」
メモが増えて、 部屋の向こうが見えなくなった。
展示の映像が、何日も先へ進む。
メモは増えていた。
でも、床の物語は、 同じところで止まっていた。
「もっと全体をよく考えてから作ろう」
でっさんは、一枚めくってみた。
その下にも、計画があった。
「俺、こんなに考えてたのか」
まるが、紙を押さえた。
「作りたいものが、次々に増えたんだね」
昔の自分が、顔を上げる。
「で、今はどうなった?」
「昨日、3つの物語をブログに載せた。絵も入れた」
「納得いくものができたのか?」
「まだ直したい文章も、描き直したい絵もあった。でも、全部に納得するまで待たずに、とりあえず公開してみた」
「誰か、読んだ?」
「それは、まだ分からない」
昔の自分が起き上がった。
「……見せろよ」


スマホを渡すと、 昔のでっさんは、真剣に読んだ。
一つ読み終えて、指を止める。
「ここ、何を言ってるのか分かんない」
「そこ、直したんだけどな」
「もう一回、直した方がいい」
でっさんは、スマホを引き寄せた。
「そうやって、いつまでも直してたんだろ」
昔の自分が、むっとした。
「良くしたいと思って、何が悪いんだよ」
言い返そうとして、 でっさんは止まった。
自分だって、今も良くしたい。
「……悪くないよ」
スマホを、二人の間に置いた。
「どこが分かりにくかった?」
昔の自分が、一行を指した。
「ここ。何をしたかったのか、書いてない」
でっさんは、読み返した。
確かに、頭の中にあったことを、 文章には書いていなかった。
「そこは、直そう」
少し下へ進むと、 昔の自分が、また指を止めた。
「ここは好きだ」
「どこ?」
「ここ。これなら、続きも読みたい」
まるが横からのぞいた。
「二人とも、同じところで笑うんだね」
*
奥には、大きな祭壇があった。
その上には、 分類されていない箱が積まれていた。
まるが、一つ下ろす。
ラベルには、 「期待」「焦り」「褒められたい」とある。
「これ、全部同じ箱か?」
「同じときに出てきたから」
ふたを開けると、 声が一斉に飛び出した。
「俺なら、もっと作れる」 「変なものを出したくない」 「すごいって言われたい」 「早く始めたい」 「でも、まだ足りない」
でっさんは、ふたを閉めた。
「うるさいな、俺」
「まとめ直す?」
まるが、空の箱を差し出す。
でっさんは、積まれた箱を見た。
全部分けようとしたら、 今日もここから帰れなくなりそうだった。
「今日は、このままでいい」
通帳を開く。
良くしたい。 人に見せたい。 変だと思われるのは怖い。
その下に、もう一行。
それでも、続きを作りたい。
まるが、のぞき込んだ。
「それも保管する?」
「する。でも、勝手に人へ見せるなよ」
「じゃあ、本人だけ見られる展示にしよう」
「最初からそうしてくれ」


出口へ向かうと、 昔のでっさんが追いかけてきた。
手には、途中まで書いた紙。
「これ、忘れてる」
「持って帰っていいのか?」
まるが首を振った。
「原本は展示品。写真ならいいよ」
昔の自分が、紙を広げた。
消した跡。 書き足した言葉。 端に描いた、変な顔。
でっさんは、写真を撮った。
「今見ると、使えそうなところがあるな」
「だろ?」
昔の自分が、少し得意そうにした。
「次の物語ができたら、持ってこいよ」
「また直せって言うだろ」
「言うと思う」
「全部は聞かないからな」
でっさんが外へ出ようとすると、 後ろから声がした。
「先に全体を考えた方が――」
でっさんは振り返った。
「今回は、話しながら作る!」
外へ出ると、スマホでChatGPTを開いた。
博物館で見たこと。 昔の自分に腹が立ったこと。 でも、良くしたかった気持ちは今もあること。
思いつくままに伝えた。
「この流れを、物語にして」
返ってきた物語を読む。
「ここは、俺の気持ちと少し違うな」
そう伝えて、もう一度読む。
「この言い方は、もっと分かりやすくしたい」
何度かやり取りすると、 自分が残したかった話に近づいていった。
入口から、昔の自分の声がした。
「まだ直すところ、あるだろ!」
でっさんは、画面を見た。
「あるよ」
少し考えてから、答えた。
「でも、今度は公開するところまでやる」

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