

最近、どうにも調子が出ない。
やりたいことがないわけじゃない。
むしろ、やってみたいことなら、いくらでも思いつく。
物語を書いてみたい。
自分のキャラクターを動かしてみたい。
誰も見たことのない世界を作ってみたい。
それなのに、いざ何かを始めようとすると、手が止まる。
「……何からやればいいんだろうな」
でっさんは、机の上に置かれた古いノートを開いた。
そこには、以前の自分が書き散らしたアイデアが、ぎっしりと残っていた。

ページをめくる。
奇妙な建物。
空を飛ぶ乗り物。
大きな歯車。
見たこともない街。
どれも、思いついたときは面白くて仕方がなかったものばかりだ。
「こんなことまで考えてたんだな」
でっさんは、思わず笑った。
しかし、すぐに手が止まった。
「……結局、ほとんど形にできなかったな」
ノートを閉じかけた、そのときだった。

ページの隙間から、小さな光がこぼれた。
「ん?」
よく見ると、描かれた歯車が動いている。
煙突から、細い煙が上がる。
建物の窓に、ぽつぽつと明かりがともった。
「……動いてる?」
でっさんは顔を近づけた。
すると、ノートの奥から、聞き覚えのない音がした。
カタン。
コトン。
カタカタカタ……。
まるで、遠くの工場が動き始めたような音だった。

次の瞬間。
ノートから光が飛び出し、机の上でくるくると回り始めた。
光は小さな歯車になり、煙突になり、壁になった。
そして、あっという間に一軒の工場ができあがった。
「お、おお……!」
小さな煙突から、虹色の煙が上がっている。
でっさんは、しばらく口を開けたまま眺めていた。
「これ、俺が考えたやつじゃないか」
工場の横には、まだ何も建っていない土地が広がっていた。

いつの間にか、机の向こう側に仲間たちがいた。
かんがは、工場の構造を調べている。
ばつは、腕を組んで眺めている。
ほしいは、何かを見つけたらしく、目を輝かせていた。
「こんなの、本当に作れるのか?」
でっさんがつぶやくと、ばつが鼻で笑った。
「そもそも、まだ何も作ってないだろ」
「……それはそうだけどさ」
そのとき、ほしいが古い宝箱を開けた。
中から飛び出したのは、金貨でも宝石でもなかった。
途中まで描いた絵。
書きかけの物語。
失敗した計画。
忘れていた夢。
そして、まだ名前すらついていないアイデア。
でっさんは、そのひとつを手に取った。
「これ、捨てたと思ってた」

ひとつのアイデアが、小さな工場に吸い込まれた。
すると、建物がぐんと大きくなった。
別のアイデアを入れると、工場の横に橋ができた。
失敗した計画を入れると、地下に巨大な機械室が現れた。
「失敗したものまで使えるのか?」
工場は答えなかった。
ただ、歯車を回し続けた。
やがて工場は、机の上には収まりきらないほど大きくなっていた。
でっさんは、いつの間にか雲の上に立っていた。
目の前には、想像したこともない巨大な建物がそびえている。
いや。
想像したことは、あったのかもしれない。
ただ、こんなふうに見たことがなかっただけだ。

工場の周りには、いくつもの道が伸びていた。
空へ続く線路。
雲の向こうに消える橋。
知らない建物へ続く階段。
その先に何があるのか、でっさんには分からなかった。
でも、ひとつだけ気になった。
「……あの向こう、どうなってるんだ?」
さっきまで机の前で動けなかったことが、嘘のようだった。
もちろん、目の前の工場が完成したわけではない。
壊れかけた歯車もある。
行き止まりの道もある。
まだ形になっていない場所のほうが、ずっと多い。
それなのに。
でっさんは、もう少し先を見てみたくなっていた。

「なあ」
でっさんは仲間たちを振り返った。
「これ、もっと大きくできると思うか?」
かんがは、少し考えた。
「大きくするなら、仕組みを考えないとね」
ばつは、工場の壁を指でたたいた。
「その前に、あそこ壊れそうだぞ」
ほしいは、遠くの空を指さしていた。
「それより、あっちにも何かある!」
まるは何も言わず、ノートの余白に一本の線を描いた。
その線の先には、まだ名前のない建物があった。
でっさんは、笑ってしまった。
「……全然まとまらないな」
でも、不思議と嫌ではなかった。

気がつくと、でっさんは元の机に戻っていた。
窓の外には、相変わらず夜の景色が広がっている。
机の上には、古いノート。
開いたページには、以前と同じ工場の絵が描かれていた。
さっきの出来事が夢だったのかどうかは、分からない。
でっさんは鉛筆を手に取った。
そして、工場の隣に、小さな建物を描き足した。
「……ここ、何にしようかな」
少し考えて、また線を引く。
その顔は、さっきよりも少しだけ楽しそうだった。
窓の外で、夜が静かに更けていった。


コメント