
カンジョー箱の奥に、運転席ができていた。
でっさんは、中へ入った。
壁には、これまで作った物語や画像が並んでいる。
途中でやめた商売の記録も、まだ誰にも見せていない案もあった。
座席の前には、大きな窓。
その向こうで、雲がゆっくり流れていた。
でっさんの部屋は、こんなに高い場所にあっただろうか。
ハンドルに手を置くと、床の下で車輪が回った。
遠くの雲が切れ、いくつもの道が現れた。
山を越える道。
海へ続く道。
空へ向かって伸びている道。
でっさんは、座席に深く座り直した。
どこまで行けるのか、確かめてみたかった。

よろこが、小さな灯りを抱えてきた。
昨日、一つ公開できた。
以前より、自分の気持ちを言葉にできた。
灯りを差し込むたびに、窓の外が明るくなった。
いかりは、重いレバーを押した。
このまま終わりたくない。
やってみたかったことを、まだ諦めたくない。
エンジンの奥で、火が大きくなった。
かなしは、古いメモを広げた。
忙しさの中で忘れかけていた願い。
うまくいかなかったあとも、残っていた本音。
それを地図に重ねると、遠くに一つ、明かりが浮かんだ。
たのしは、その周りに新しい道を見つけていた。
でっさんがペダルを踏む。
カンジョー箱は雲の切れ間を抜け、朝日を浴びた大きな谷へ滑り出した。

谷の先には、知らない街があった。
市場には、見たことのない食べ物が並んでいる。
広場では、何かを作っている相手がいる。
路地を曲がると、音楽と笑い声が聞こえた。
でっさんも、店先に作品を並べてみた。
足を止める相手がいた。
一つ買っていく相手もいた。
夕方、店を閉めようとすると、別の街から来た相手に声をかけられた。
「今度、こっちでも出してみない?」
カンジョー箱へ戻ると、入口に手紙が届いていた。
一緒に店を開く話。
作品をまとめる話。
まだ聞いたことのない商売の話。
でっさんが外へ出したものを追いかけて、仕事のほうから近づいてきていた。
地図に印をつけると、新しい道が海の向こうまで伸びた。

海へ出たカンジョー箱は、大きな船になった。
甲板で作品を作り、港へ着けば街へ出る。
始めた商売を育てながら、次に試したいものも積み込む。
全部が続いたわけではなかった。
売れずに閉じた店もある。
面白くなくなって、やめた仕事もある。
嵐の夜には、進む先が見えなくなった。
でっさんは船を止めた。
かなしと、置いてきたものを思い出した。
いかりと、壊れたところを直した。
よろこが、荷物の中から残っていた成果を見つけた。
たのしは、嵐の過ぎた空を見上げていた。
翌朝、でっさんも甲板へ出た。
水平線の向こうに、昨日まで見えなかった島があった。

カンジョー箱には、いつの間にか翼がついていた。
山脈を越え、雲の上へ出る。
さらに昇ると、窓いっぱいに星が広がった。
月の向こうにも、行ってみたい場所がある。
でっさんは、航路を広げた。
知らない場所で暮らす。
そこで、新しい仕事を始める。
違うことに夢中になり、久しぶりに物語へ戻る。
戻るたびに、書けることが増えていた。
その物語が、また遠くへ届く。
訪れたことのない街から便りが来る。
自分でも思いつかなかった使われ方を知る。
会いに行けば、次の冒険が始まる。
でっさんは窓に近づいた。
暗い宇宙のあちこちに、港のような明かりが見えた。
その一つ一つに、まだ知らない毎日があった。

操縦席の横には、最初のメモが残っていた。
自分の仕事を作りたい。
その周りに、地図が何枚も継ぎ足されている。
店を開いた街。
何も売れなかった港。
腹を抱えて笑った場所。
もう一度訪ねたい相手のいる場所。
でっさんは、今日の気持ちを物語にした。
作って、外へ出す。
商売を試す。
声をかける。
知らない場所へ行く。
そのたびに、地図へ何かが増えていく。
よろこの灯りがともった。
いかりが、エンジンの火を確かめた。
かなしが、行きたかった場所に印をつけた。
たのしは、窓の向こうから目を離さなかった。
でっさんは、ハンドルを握った。
前方で、巨大な雲がゆっくり開いていく。
その先に何があるのか、まだ誰も見ていない。
カンジョー箱は、また走り出した。


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