シリーズ1|ちゃんとしようとすると苦しかった|あとがき

カンジョー通帳

このシリーズで一番書きたかったのは、
「ちゃんとしようとしていたのに、身体だけが止まっていた理由」でした。
怠けていた訳じゃなかった。
むしろ、ずっと考えていた。
求人も見ていた。
面接動画も見ていた。
履歴書も書こうとしていた。
“進まなきゃ”とは、ずっと思っていた。
でも、身体だけが動かなかった。
このシリーズでは、その状態を、
「根性がない」や「甘え」で終わらせたくありませんでした。
本当は、身体のほうが先に限界を感じていた。
戻りたくない働き方。
呼吸が浅くなる毎日。
疲れて寝るだけの生活。
“ちゃんとして見える人生”へ戻ろうとするたび、身体が静かに止まっていた。
だから苦しかった。
アクセルを踏んでいるのに、
同時にブレーキも踏んでいた。
前へ進みたい。
でも、その方向へ戻るのは苦しい。
この矛盾を抱えたまま、自分を責め続けていた。
このシリーズで伝えたかったのは、
「止まることが正しい」という話ではありません。
ただ、身体が止まる時には、
“その方向、本当に大丈夫か”という感覚が含まれていることがある、ということでした。
そしてもう一つ。
人生は、
「ちゃんとしているかどうか」だけで出来ている訳じゃなかった。
喫茶店で本を読む時間。
知らない生き方へ触れた時間。
画面越しに、“こういう空気いいな”と思った感覚。
そういう、一見遠回りに見える時間が、
少しずつ呼吸を戻していくこともある。
答えは、最後まで出ませんでした。
未来も決まっていません。
でも、
「こう生きなきゃ終わりだ」と思い込んでいた世界は、少しだけ広がっていた。
このシリーズは、
就職活動の話というより、
“ちゃんとしようとして、呼吸が苦しくなっていた人が、
もう一度、自分の感覚を取り戻していく話”
を書きたかったシリーズでした。

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