カンジョー箱で俺を助けるために

シリーズ2(外界)

電車の席に座ると、少し眠気が戻ってきた。
でっさんはスマホを開いた。 今日も、仕事へ向かっていた。
「あー、もう嫌だ」
打ち込んでから、しばらく画面を見ていた。
俺は毎日、何してるんだろう。 何が楽しいんだろう。 これから、どうしたいんだろう。
その下に、思いつくまま書いた。
朝起きるのが嫌だ。 もっと笑いたい。 なんか毎日同じだ。 もっと積み上げたい。 ワクワクしたい。
疲れた。 つまらない。
書いたところで、手が止まった。
膝の上のカンジョー箱を開けると、 いらなが顔を出した。
*
いらなは、箱の中から紙を一枚ずつ取り出した。
〈朝起きるのが嫌だ〉
〈毎日同じだ〉
〈疲れた〉
でっさんは、その紙を見ていた。
「仕事自体は、そんなにしんどくないんだよ」
慣れているし、職場も働きやすい。 行けば、普通に働ける。
やることを済ませれば、一日の仕事は終わる。 働いた分の給料をもらい、それで生活している。
「でも、一日が終わったあと、俺は何が変わってるんだろうって思う」
いらなは、次の紙を取り出しかけた手を止めた。
「自分のこれからにつながるものが、積み上がってる感じがしないんだよ」
今日の仕事が終われば、明日の仕事がある。 週が終われば、また次の週が始まる。
「このまま時間が過ぎていくのが、嫌なんだ」
口にすると、思っていたより重い言葉だった。
*
ほしいが、箱の中から紙を持ってきた。
〈もっと笑いたい〉
〈もっと積み上げたい〉
〈ワクワクしたい〉
でっさんは、その三枚を眺めた。
「何を積み上げたいの?」
ほしいに聞かれて、少し考えた。
「自分で作ったものかな。誰かと何かをやった経験とか。次はこれをやってみようって思えるもの」
カンジョー箱の仲間を描いたときのことを思い出した。
名前を考え、物語を書き、画像を並べた。 できたものを、何度も開いた。 直したいところを見つけると、続きを考えた。
「カンジョー箱を作るのは、楽しいんだよ」
スマホには、それまでに作ったものが残っていた。
何もしてこなかったわけではない。 少しずつ、形になっている。
それでも、不安になる日があった。
「これをどうやって仕事にするんだろう。本当に起業できるのかなって。考え始めると、焦るんだよ」
ほしいの持っている紙に、目を落とした。
「もっと作りたい。でも疲れてる。休んでても、何かやった方がいいんじゃないかって思う」
でっさんはスマホを伏せ、 しばらく背もたれに体を預けた。
*
電車が駅に停まった。
人が降りて、人が乗ってきた。 ドアが閉まり、また動き出した。
でっさんはスマホを持ち直した。
書きかけの物語を開く。 前に書いた文章を読んだが、今は続きを書く気になれなかった。
新しいページを開いた。
「今日は、今の俺のことを書きたい」
いらなとほしいが、画面を見た。
でっさんは、一文打ち込んだ。
〈カンジョー箱で、今の俺を助けたい。〉
誰かに読んでもらいたい。 楽しんでもらいたい。 いつか、事業にしたい。
その気持ちは変わっていなかった。
でも今は、自分が読むための物語が欲しかった。
疲れたと書いたあとに、 無理に元気な言葉を足さなくてもいいもの。
仕事への不満だけでは説明できない、 このもどかしさも書けるもの。
でっさんは、続きを打った。
〈電車の席に座ると、少し眠気が戻ってきた。〉
*
書きながら、何度か手が止まった。
仕事は、そんなにしんどくない。 それでも、今の毎日をずっと続けたいわけではない。
カンジョー箱を作るのは楽しい。 それでも、将来の不安はある。
どちらも書くと、文章は少し長くなった。
読み返して、消そうとしたところもあった。 同じ気持ちを、何度も書いていた。
けれど、今は残しておくことにした。
いらなもほしいも、取り出した紙を広げていた。
でっさんは、その紙を見ながら書いた。
〈もっと、自分で選べる時間が欲しい。〉
〈作ったものを、誰かに届けたい。〉
〈それが仕事になったら、うれしい。〉
「そうだな。こうしたいんだよな」
小さく言って、もう一度読んだ。
*
降りる駅が近づいていた。
まだ眠かった。
今日も仕事をして、帰る。 明日も起きて、仕事へ向かう。 その予定は変わっていなかった。
でっさんは、文章の一番上に戻った。
空いていた題名の欄に、
『カンジョー箱で俺を助けるために』
と入れて、保存した。
これからのことは、まだ決まっていない。 働き方も、カンジョー箱をどう育てるかも、考えていく必要がある。
帰りは、この続きを書こうと思った。
どんな一日なら、明日の朝を楽しみにできるのか。
でっさんはその問いを、ページの最後に書き残した。

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