でっさんは最近、ひとりで声を出すことが増えた。
朝、重い身体を起こしながら、
「眠いね」
長い一日を終えて帰ってくると、
「疲れたね」
何もしたくなくなった夜には、
「もう、いいよ」
声に出すのは、いつもでっさんだった。
返事をするのも、でっさんだった。
けれど、誰と話しているのかは、自分でもよく分からなかった。
その日も、でっさんは箱の隅に座り込んだ。
「疲れたね」
すると、少し離れた場所から、同じ声が返ってきた。
「疲れたね」
振り返ると、かなしが壁にもたれていた。
泣いてはいなかった。
ただ、身体から力が抜けていた。
そばにいたかんがが、慌てて立ち上がった。
「そんなことばかり言っていたら、もっと苦しくなるよ」
かんがは箱の中を歩きながら、次々と言葉を並べた。
「大丈夫」
「まだ頑張れる」
「もっと前向きに考えよう」
けれど、かんがが言葉を重ねるほど、かなしは身体を小さくした。
でっさんの胸も、少しずつ固くなった。
「じゃあ、何て言えばいいんだろう」
かんがは答えを探した。
けれど、どの言葉もしっくりこなかった。
そこへ、まるがやってきた。
まるは、かなしの近くに座った。
励まさなかった。
理由も聞かなかった。
ただ、しばらく同じ場所にいた。
長い沈黙のあと、かなしが言った。
「疲れたって言ったとき、直してほしかったんじゃない」
でっさんは、かなしを見た。
「じゃあ、どうしてほしかった?」
「ちゃんと聞いてほしかった」
その声は小さかった。
でも、でっさんには、はっきり聞こえた。
かんがが、持っていた予定表を開いた。
仕事。
転職。
身体作り。
物語。
会社を作る準備。
「まだ、やることが残っているよ」
でっさんは予定表を見た。
まだ動こうと思えば動けた。
けれど、身体の奥から聞こえる声を、もう無視したくなかった。
でっさんは予定表を閉じた。
「今日は、ここで止めよう」
かんがが何か言おうとした。
でも、まるが静かに首を振った。
箱の灯りを消す前に、でっさんは、かなしの隣に座った。
「ごめん。ちゃんと聞いてなかった」
かなしは、少しだけ顔を上げた。
「聞いてくれたら、それでいいよ」
二人はしばらく、何も話さなかった。
でっさんは灯りを消した。
何も片づいていなかった。
けれど、その夜は、いつもより少しだけ静かに眠れた。

コメント