
でっさんは、鉛筆を削っていた。
鉛筆削りは、自分の顔だった。
鉛筆を入れ、ハンドルを回す。
「なんで、俺の頭で削るんだよ」
そう言いながら、よく削れるので使っていた。
テレビから、聞き覚えのある音楽が流れてくる。
NHKの朝の体操だった。
画面の中で、でっさんが身体をひねっている。
「はい、考えすぎた肩を、ぐるっと回して」
でっさんも、つられて肩を回した。

コンビニへ行くと、チョコレートの棚に自分がいた。
一袋に、シールが一枚入っている。
欲しいのは、かなしだった。
三つ買った。
全部、でっさんだった。
「俺、こんなにいらないんだけど」
袋の裏には、絵描き歌の案内がある。
歌えば、自分の顔が描けるらしい。
家に帰って試してみると、途中で分からなくなった。
できあがった顔は、少し違った。
でも、妙に自分に似ていた。

学校から、卒業文集が届いた。
将来の夢の欄に、こんな言葉があった。
〈カンジョー箱の街で、お店を開きたい〉
別のページには、
〈カンジョー競技の選手になる〉
でっさんは、顔を上げた。
「競技?」
調べると、週末に大会があった。
会場へ行く。
何を競っているのか、最初はよく分からなかった。
なのに、隣の観客と一緒に立ち上がり、声を出していた。
帰りには、次の大会の日程を確かめていた。
自分でも、一度やってみたかった。

しばらく、カンジョー箱をやめていた時期もあった。
でっさんは、別の商売に夢中になった。
店を開いた。
思いつきで旅に出た。
全然違うものも作った。
もう戻らないかもしれないと思った。
ところが旅先で、店主が知らない言葉を口にした。
意味を聞くと、うまく言えない気持ちを、そのまま置いておくときに使うらしかった。
「もともとは、カンジョー箱から来た言葉なんだって」
でっさんは、飲み物を置いた。
そんな言葉は、作った覚えがなかった。
その夜、久しぶりに物語を書いた。

月へ行った。
売店に、でっさんの形をした菓子があった。
地球では見なかった味だった。
窓辺でひと口食べる。
「うまいな、俺」
隣で、たのしが吹き出した。
持ってきた世界地図を広げると、地球にいたころとは、ずいぶん変わっていた。
カンジョー箱の街が載っている。
さらに先の時代の地図には、大陸の名前まである。
でっさんは、指でなぞった。
昔、机で書いた名前が、海と海の間に印刷されていた。

数学の本にも、カンジョー箱が出てきた。
方程式になっていた。
でっさんは、説明を読んだ。
もう一度、読んだ。
本を閉じた。
「これは、分かる人に聞こう」
世界中で、自分の知らないカンジョー箱が増えている。
食べ物になり、職業になり、言葉になる。
誰かには毎朝の習慣で、誰かには一生かけて挑むものになる。
でっさん自身は、また別のことを始めたくなっていた。
そして、ときどき戻ってくる。
新しいページを開く。
今、自分が感じていることを書く。
たのしが、隣からのぞき込んだ。
「今度は、何になる?」
「分からん」
でっさんは、鉛筆を取った。
少し丸くなっていたので、自分の頭に差し込んだ。



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